カテゴリー別アーカイブ: 四季彩

桜の古木と星空が演じる「時空の舞」(松本市梓川梓北北条)

170504sikip古木を通り過ぎていった400年の春。満天の星空のステージで、一本桜が幽玄神秘な舞を繰り広げる=ニコンD3S、AFニッコール16㍉、ストロボ、35分間露光 

松本市梓川梓北北条にある満開のしだれ桜。古木と星空が演ずる幽玄神秘な“時空の舞”の撮影に挑んだ。
4月19日午後11時。リンゴ畑に囲まれた個人墓地にある一本桜の古木の前に立つ。目通りの幹周りは、5・7メートル。威厳ある巨木の風格に幽玄さを漂わせ迫ってくる。樹齢は不明だが、桜の研究で知られる久保田秀夫さん(1913~2002年、松本市出身)によると推定樹齢は、400年近いという。
久保田さんは1945(昭和20)年、塩尻市片丘の地名がついた「カタオカザクラ」を発見。このころ、記者の自宅に下宿していた縁もあり、生前は桜を巡って話が弾んだものだった。
さらに大きく咲き誇っていた往時の姿は容易に想像できるが、落雷に遭い、幹の上部や横に張った何本もの太い枝を失った。しかし、懸命に命をつなぎとめ生きている。この木に抱かれると、命の尊さや強い生命力が伝わってくる。
桜花を揺らし通り過ぎていった400年の春。静かに語り始める古木に、何世代もの人生が重なる。心を揺さぶられつつ、星空を見上げた。
北斗七星のひしゃくの柄から一等星のアルクトゥルス、スピカと伸びる「春の大曲線」が美しい。430光年かなたの北極星ポラリスを中心に回る星空に人は輪廻(りんね)を願う。薄明までこの桜花の古木に寄り添った。
(丸山祥司)

厳寒の朝現れた異次元の「窓霜星人」(松本市美ケ原高原・王ケ頭ホテル)

170323sikip星形に現れた窓霜は地球外生命体を連想させ、宇宙への関心が膨らんでいく=ニコンD3S、ニッコールED28-70ミリ、偏光板+偏光フィルター、美ケ原王ケ頭ホテル内

美ケ原高原(2034メートル)にある王ケ頭ホテル(松本市)の窓ガラスにできる窓霜(まどしも、霜の華)に、異次元の世界を連想させる「窓霜星人」が現れた。
繊細で幻想的な窓霜の“光彩劇場”もフィナーレを迎えているが、今冬出合った衝撃的な驚愕(がく)の窓霜が今も脳裏から離れない。
氷点下15・7度と冷え込んだ1月18日の朝。偏向板と偏向フィルターを通して鮮やかに浮かび上がる窓霜に、煌(きら)めき立つ星形の光彩が目に留まった。「窓霜星人」だ!広げた両腕両脚に頭部も見てとれる。飛翔しているような姿に目を奪われ、思わず心が宇宙へと駆け出してしまった。
画面右半分には、空想の宇宙人を連想させる何体もの顔が潜み、左側には90度右に傾いた2つの黒いピラミッドが現れている。
NASA(米航空宇宙局)などの国際チームは、地球から39光年離れた先に、地球に似た惑星が7つある恒星「トラピスト1」を発見したと2月22日付の英科学誌ネイチャーに発表した。生命体が存在する地球型惑星の可能性があり、地球外生命体への関心がさらに高まっている。
数千億個の銀河があるとも言われる宇宙への夢をかきたてる“窓霜美術館”の光彩に感謝である。
(丸山祥司)

「貧乏神送り」の行事で現れた神秘な現象(松本市入山辺厩所)

170225sikip松本市重要無形民俗文化財の「貧乏神送り」で焼き払われるわら馬の背後に“炎の神馬”が幽玄神秘な姿を現した=ニコンD3S、ニッコールED28-70ミリ

四季彩の図

燃えるわら馬の背後に“炎の神馬”が現れた-。
2月8日、松本市入山辺の厩所(まやどころ)地区で行われた「貧乏神送り」。26軒が寄り添うように暮らす山里で昔から連綿と受け継がれてきた事八日(ことようか)の伝統行事だ。
体長2メートル、高さ1・5メートルの大きなわら馬を作り、背にジジ、ババと呼ぶわら人形を乗せて貧乏神に見立てる。わら馬の周りで数珠を回しながら「南無阿弥陀仏…」と念仏を唱えた後、薄川の堤防に運んで焼き払い、安穏と無病息災を願う。
点火から約2分後、炎がわら馬を包む。燃え盛る火が風を呼び、炎が宙に踊り舞う。貧乏神が昇天する瞬間。撮影は終始、般若心経を唱えながら続けた。
わら人形のジジ、ババに火が付いた瞬間、カメラのファインダーの中で怪しげに揺れる大きな炎。“炎の神馬”だ。とっさにシャッターを切った。驚愕(きょうがく)の光景を目の当たりにし、ことばを失い、身も心も震えた。
口を開けた馬の顔がリアルだ。目、耳、たてがみも。背には「火」や「大」の文字にも見てとれるジジとババが乗り、尾を振り上げている。貧乏神が炎の神馬に乗り立ち去る神秘な場面。厄が払われた瞬間だ。「厩所の人たちはみんな守られている」。そんな安堵(あんど)の思いが伝わってきた。
(丸山祥司)

輝く氷彫に秘められた「命」の光彩(松本市・松本城公園)

170202sikipあうんの呼吸の作業で氷彫に命を吹き込む奥原さん(右)と良波さん=1月22日午前2時15分、ニコンD3S、ニッコールED28~70ミリ

印象深い癒やしと感動の祭典となった第31回国宝松本城氷彫フェスティバル(1月19~22日、松本市)。メインイベントの全国氷彫コンクールは今回が最後。21日夕から22日早朝にかけて徹夜で行われた松本城公園の制作現場は、有終の美を飾るにふさわしい、一級の表現者たちの真剣勝負が繰り広げられた。
21日午後11時半。米国を含む18チームが手掛ける氷彫の外観が浮かび上がる。架空動物や非現実的な世界を表現した作品が多い中で「生命」と題した氷彫に記者のカメラがくぎ付けになった。
チェーンソーがほえ、研磨する電動ドリルがうなる…。氷煙が激しく舞い上がり、氷に刻まれ吹き込まれていく命。躍動感が際立ち命の鼓動が聞こえる。
22日午前2時。必死で逃げるヌーに背後からチーターが襲う、凄絶(せいぜつ)でリアルな瞬間を表現した氷彫は、衝撃的というより、驚嘆的感動となって迫ってきた。サバンナの野生動物の生態の現実、生きる命といま消えようとする命のともしび。生命とは何か…。哲学的心理描写の制作に挑んだ氷彫作家は、長野氷彫倶楽部の奥原大介さん(40、松本市今井)と良波学さん(40、安曇野市三郷)だ。
午前5時半。ヌーの右下に駆け寄り襲うチーターの制作を終え、臨場感豊かな「生命」が完成した。命の尊さと生への執念を、見る者の情感に突きつける。繊細な氷彫の表現力と高い技術力に感謝したい。
(丸山祥司)

昇った太陽とアオサギが優雅に共演(安曇野市穂高)

170103sikip特産のワサビ田の湧水地に朝靄が漂う中、朝日とアオサギのコラボが冬の安曇野の風情を際立たせる=昨年12月12日、ニコンD3S、ニッコールED600㍉×2倍、ND400

今年の干支(えと)は、酉(とり)。アオサギと太陽がコラボする優雅な雰囲気をイメージしながら、安曇野市穂高で何日も撮影に挑んだ。
昨年12月12日、氷点下5度の朝靄(もや)の中、昇る太陽にシルエットに浮かび上がる樹上のアオサギの姿が重なった。
アオサギはペリカン目サギ科に分類され、体長は約90センチで翼を広げると180センチ前後にもなる大型の水鳥。ユーラシア大陸など広範囲に分布し、日本に生息するサギ類の中では最大種。学名はアルデア・キネレア(Ardea cinerea)。英語名は、Grey Heron、灰色のサギである。一見灰色に見える。
和名は「蒼鷺(あおさぎ)」で「青鷺」とも書く。なんで日本では蒼(青)なのか?調べてみたところ、どうやら日本の伝統色である「和色」に由来し、「蒼」の意味の中には、灰白色や青みがかった灰色が含まれるという。和名の「蒼鷺」から日本人の微妙な色合いに対する繊細で豊かな感性が伝わってくる。
そんなアオサギも近年、個体数が増え、営巣林が枯れるふん害や悪臭、養漁者への多大な被害を及ぼしている。
「人との共存共栄の環境づくりは可能か」。撮影しながら疑問が脳裏をよぎった。
(丸山祥司)

秋冬光彩、幻想的で神秘な「白虹」出現(松本市・前鉢伏山)

161203sikip霧の流れに朝日が差し込み突然現れた白虹がファンタジックな“白い架け橋”を天空に描いた。自然現象の神秘な素顔が伝わってきた=ニコンD3S、ニッコールED28~80ミリ、NDハーフ、11月21日、松本市前鉢伏山

枯れた草原の山肌を流れる霧に低い位置から日が差し込んだ瞬間、白いアーチが浮かび上がった-。松本市の前鉢伏山で11月21日早朝、珍しい白虹(しろにじ、はっこう)現象が見られた。風に乗って流れる霧に出現した白虹は、わずか3分ほどの幻想光彩のドラマだった。
白虹は、霧が発生している時に見られる現象で「霧虹(きりにじ)」とも呼ばれている。「白い虹はなぜ?」。そのメカニズムが気になるので調べてみた。7色に鮮やかに輝く普通の虹は、太陽光が雨粒に反射する際、雨粒がプリズムの役目を果たして太陽光が分光(スペクトル)されて見える現象。
白虹は、太陽光が霧に反射して出現する現象。雨粒より霧の粒はより小さいため、プリズムのように分光されず、すべての波長(色)の光が同じように散乱され白く輝く。霧が発生している朝夕、太陽の高さが低い時間帯にまれに見られる。
朝の白虹は、晴天のシグナルと言われている。だが世の中では“地震の予兆現象”とも。何の根拠もなく、信じてはいないが…翌22日、午前5時59分にM7・4の福島県沖地震が発生した。いつ起きても不思議ではないと言われている塩尻市から松本市街地に及ぶ牛伏寺断層が急に心配になった。
(丸山祥司)

鎌池錦秋、幻想神秘な絵画の世界(小谷村・雨飾高原)

161027sikip鎌池の水面に映る壮麗神秘な命の輝き。鮮烈に彩るブナ林が有終の美を飾る。命はいつか必ず終わりが来ることを諭すように、秋色に染まる水面を揺らして風が通り過ぎる=10月22日午前、ニコンD3S、ニッコールED300ミリ×1.4倍

ブナ林に囲まれた小谷村雨飾高原の鎌池。水面のカンバスに映し出された錦秋の光彩は、幻想神秘な絵画の世界を連想させる。
池巡りの約2キロの遊歩道を歩く。周辺には推定樹齢200年近いブナも点在。青空にひと際高く、落葉高木のブナ林がワインレッドの秋色の領域をつくっている。林床に息づく落葉低木の光彩も鮮やかだ。朱、赤、紅に彩る樹種は、ハウチワカエデ、ウリハダカエデ、ヤマウルシ。黄色は、イタヤカエデ、アブラチャン、ダンコウバイ、クロモジなど。
ブナの学名は、ファグス・クレナータ。実が食用になり「ファグス」は食べるという意味のギリシャ語に由来する。人の営みに多くの恵みを与え、動物たちを育み豊かな生態系を形成してきた。ヨーロッパでは、ブナは「森の母」と言われ、日本の研究者らは、ブナ林に親しみを込め「母なる森」と呼んでいる。
10月22日早朝、決めた構図の池の端に立った。有終の美を飾るブナ林。木々の葉は、別れの時を知り精いっぱいの彩りが頂点に達した。朝日が林内に差し込むと、鮮烈な光彩に変幻。風がささやく水面に映る“母なる森”の秋色のゆりかごが優しく揺れる。
心のカメラのファインダーを通し、大自然の母に抱かれていると、癒やしと安堵(あんど)感がブナ林の鼓動とともに伝わってきた。
(丸山祥司)

一期一会の幽玄神秘な光彩壮麗の夜明け(北ア穂高連峰・涸沢)

160920sikip大空のカンバスに描かれた名画のような壮麗な朝焼け。色彩と明暗がドラマチックに刻々と変幻した=7月22日午前4時38分、ニコンD3S、ニッコールED17-35㍉、涸沢ヒュッテ展望テラスから

北アルプス穂高連峰の涸沢で、この夏出合った衝撃的光彩の交響詩を連想させるドラマチックな朝焼けが今も脳裏から離れない。
7月22日、午前4時15分。シルエットに浮かぶ屏風岩の稜線(りょうせん)の上に広がる雲を見た瞬間、息をのみ鳥肌がたった。上層を覆う薄いベールのような雲は、巻層雲(けんそううん)か。下層には、羊の群れを連想させる高積雲(こうせきうん、ひつじ雲)が浮いている。始まった朝焼けの光彩のドラマに心が震えた。長年、山の朝焼けを撮り続けてきたが、初めて出合う光景だ。
午前4時38分。日が早く当たった上層部の雲は黄金色に、下層のひつじ雲が真っ赤に染まる。刻々と変幻する朝焼けは、荘厳、壮麗な光彩を極め、最高潮に達した。その瞬間、天上から交響詩が聞こえてきたような気がした。朝焼けのパワーの波動か…それとも錯覚なのか?不思議だ。
この壮大な朝焼けのステージを見詰めていると、2005年の愛知万博の開会式で、長野バレエ団出身の元プリマバレリーナ宮内真理子さんが華麗に舞った「火の鳥」が重なる。
やがて3000メートルの稜線がモルゲンロートに赤々と染まり、天上で奏でる交響詩のオーボエの音色が、神々しい穂高の朝を告げた。
(丸山祥司)

氷河の大地に現れた涸沢“光の国”(北アルプス穂高連峰・涸沢)

160820sikip「山の日」を盛り上げるイベントで出現した涸沢の夜景。ステージの照明に霧が流れ、幻想的な何かを暗示するかのような光景が浮かび上がった=7月29日午後8時32分、ニコンD3S、ニコンEDニッコールAFVR80~400ミリ

盛夏を迎えた北アルプス穂高連峰の氷河の大地・涸沢カール。7月29日、テント場の夜景は、今まで見たことのない衝撃的な感動の光景だった。
宇宙の未来都市“光の国”を連想させるように映った。この光景をつくり出したのは、「2016 ヤマケイ カラサワ フェスティバル」(山と渓谷社主催)。
上部に太陽のように輝くのは、涸沢ヒュッテの特設ステージの照明。突然、テント場の上空低く這(は)うように通り過ぎる霧の一団が、ステージの照明を浴びて幻想的な光の輪を浮かび上がらせ空想の世界へ誘う。
光の輪が、宇宙の未来都市のメイン基地。点在するテントの明かり一つ一つが未来都市…。メイン基地と未来都市は、光の道でつながっている。SF映画や夢の宇宙旅行へと思いが広がる。
一方、この光景は「母なる大地・涸沢」を象徴する構図でもある。テント場の夜景は、お母さんの胎盤。輝く光の輪を胎児に見立てると、まぶしく輝く光の道のへその緒でしっかりと結ばれている。
輝く光の輪の中では約300人の登山者が参加し、百名山一筆書き踏破の田中陽希さんのトークが行われている。「山の日」元年の「カラサワ フェス」の夜景に、新しい山の命の鼓動が重なり伝わってきた。
(丸山祥司)

華麗に舞う中岳の雪形「舞姫」(北アルプス・中岳=松本市)

160707sikipモルゲンロート(朝焼け)に染まる中岳の残雪の中に黒型(ネガ型)で浮かび上がり、しなやかに踊る雪形「舞姫」。右手が舞扇に届いた時が観望の最適季。今シーズンは3週間ほど早く整った=6月11日、午前4時34分。常念乗越の常念岳寄りから。ニコンD3S、ニコンEDニッコールAFVR80-400ミリ

160707sikip2

梅雨の晴れ間の北アルプス・中岳(3084メートル)に現れる雪形「舞姫」の華麗に踊る姿がリアルだ。6月11日、手前の赤沢山(2670メートル)をステージに見立て、常念乗越(のっこし=2466メートル)から、モルゲンロートに染まる艶(あで)やかな雰囲気の「舞姫」を撮ってみた。
1966(昭和41)年、この雪形を発見し命名したのは、日本の雪形研究第一人者の田淵行男さん(1905~89年)だ。左を向きしなやかに舞う女性の大きな雪形。観望最適季は、例年6月下旬から7月上旬の梅雨の真っただ中。まつげ、鼻、口元の雰囲気がそれとなく見てとれる。1982年夏、田淵さんは自宅での雪形談議で「最高傑作の雪形で、まれに見る掘り出し物」と「舞姫」を自賛していた。
田淵さんは、高山蝶(ちょう)の細密画を描く画才の持ち主だったが、雪形の絵画は一枚もない。著書「山の紋章雪形」には、雪形研究のため設立した「信濃雪形株式会社」のメンバーだった山岳画家の加藤淘綾さん(1901~87年)の絵画「舞姫」が掲載されている。
雪形と向かい合う田淵さんは、写真家に徹し、画家にはならなかった…と、常念乗越の昼下がり「舞姫」を眺めながら偲(しの)んでいると、ハイマツの上を高山蝶のタカネヒカゲが舞った。「田淵先生…見えますか」
(丸山祥司)