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サロンあがたの森

4月14日午後1時半、松本市あがたの森文化会館。松本衣デザイン専門学校代表理事の太田正子さんが「学校づくりとデザインと」と題し話題提供。200円。旧制高等学校記念館☎0263・35・6226

タウン情報終刊 23年間に感謝

23年間ありがとう-。松本平タウン情報は31日、その歴史に幕を閉じる。「人、まち、暮らしをつなぐ」地域情報紙として、生活に役立つきめ細かな情報の発信や、人々がつながり交流する紙面づくりを心がけてきた。代わって、4月18日に創刊する「MG(メディアガーデン)プレス」に、新たな時代へのバトンを渡す。
最終は3524号。この間、地域の情報を幅広く扱ってきた。その中で特筆されるのが、2005年4月に開設された松本市小児科・内科夜間急病センターへの関わりだ。
「市民情報紙へのある母親からの1通の投書が、救急医療フォーラムの開催、そして急病センター設立へと一気に向かう大きな流れのひとつを作り出しました…」。15年8月、センター設立10周年で市が発行した記念誌に掲載された市医師会関係者の一文だ。
きっかけはセンター設立の4年前。01年6月、タウン情報の投書欄に載った「子どもの熱に冷たい対応」という32歳の女性の声だった。その後、女性と同じような経験をした人、医療関係者の苦労を理解する投書などが相次ぎ、市や医師会は11月、小児の救急医療体制についてのシンポジウムを開催。急病センター設置への動きにつながった。
一つの市民の声が掲載を機に大きな波紋となり、地域の課題を解決する動きに発展。結果的に、地域情報紙としての役割を発揮したケースといえる。

もう一つ、思いが強いのはサッカーJ2松本山雅FCの報道だ。
14年前の04年8月、タウン情報の1面に「松本にプロチームを」の記事が載った。他の新聞やテレビが注目していなかった頃で、チャントを歌うサポーターも「多い時で10人ほどだった」と、担当記者は言う。「夢」のようだったJリーグへ昇格して7年目。今期は6戦でまだ勝ち星がないが、市民が育てたプロチームとして、全国的にも関心は高い。

言葉は人を勇気づけたり励ましたりする一方、使い方によっては人を傷つける刃にもなりかねない。新聞も同様。固有名詞や電話番号の間違いで、関係者に迷惑をかけたケースもある。「活字」になった(紙へ印刷された)言葉は重い。その重みを胸に刻みつつ、「MGプレス」の一歩を踏み出したい。

1995年6月6日、創刊号の1面を飾ったのは、巨木を背にジャンプする6人の子ども。力いっぱい高く跳ぼうとするその姿に、未来への強い希望を感じる一枚だ。
この中の1人、赤羽彩夏さん(29、松本市寿小赤)は「わあ若い!。無邪気に飛び跳ねてますね」。当時6歳。はっきりとした記憶はないが「改めて紙面を見ると、創刊に立ち会えたことに感慨深いものがある」と話す。
あれから23年。准看護師として塩尻市内の病院に勤務する。「寝たきりになったお年寄りの患者さんが多いので、さまざまな変化に敏感でいることを心がけている。感謝してもらえることが一番のやりがい」。昨年5月に結婚し、今夏には新居が完成する予定だ。

信大医学部が発達障害の専門医を養成

信州大医学部(松本市旭)は4月1日、発達障害児の診療・専門医を養成し、地域の診療体制を整える「子どものこころの発達医学教室」を設置する。県内の教育、福祉、保健、労働などの各関連機関と連携し、全県で格差なく発達障害の診療が受けられるように、全国でも先進的な支援ネットワークの構築を図る。
県の委託事業で、教室は5年間設置する。信大病院子どものこころ診療部長を務める本田秀夫さん(54)が同教室の教授(特定雇用)に就き、臨床心理士や、同大医学部精神医学教室の鷲塚伸介教授、小児医学教室の中沢洋三教授らが兼務する。
本田部長によると、発達障害児は全児童の約1割、県内では中学生以下で推定約3万人とされるが、専門的に診療できる医師がとても不足している。同教室は、県内の小児科医や精神科医を対象に発達障害診療の研修カリキュラムを用意し、発達障害児を診られる診療医を5年間で30人を目標に養成する。より先端的な臨床研究を行い、各関連機関への助言が行える専門医も5年で5人の養成を目指す。
さらに同大医学部の学生にも講義と実習を行うほか、県内の大学教育学部と連携して、教員を志す学生にも発達障害の理解と教育支援に乗り出す。
(高山佳晃)

碌山美術館開館60年 多彩な記念事業

安曇野市穂高の碌山美術館は4月22日、開館60年を迎える。彫刻家、荻原守衛(碌山、1879~1910年)の作品を集めた美術館として1958(昭和33)年に開館。来年3月まで、計4回の企画展や碌山にちなんだ書籍の発行、友の会主催の演劇公演など多彩な記念事業を繰り広げる。
企画展は春・夏・秋が碌山の人となりや芸術、冬が同館の建設時に焦点を当てた内容。
4月21日~5月27日の春季展は、通常は展示しない石こう原型10点を公開する。どれも敷地内に常設展示されているブロンズと見比べることができる。珍しいのは、重要文化財「北條虎吉像」の石こう原型で、約20年ぶりの展示となる。ほかに、デッサンやスケッチブックも並べる。
開館記念日の4月22日は碌山の命日。この日はミュージアムトークなどがあり、入館無料。作品集に評伝を加えた書籍「彫刻家荻原守衛-芸術と生涯」もこの日、刊行される。
同館の開館に当たっては県内の小中学生をはじめとする約30万人が寄付。旧穂高町長で元陸軍中将の平林盛人(1887~1969年)も尽力した。春季企画展に先立ち4月12~17日、同館近くの碌山公園研成ホールで「平林盛人展」(入場無料)が開かれる。
同館の五十嵐久雄館長(67)は「この機会に、人間的なきらめきを持つ碌山の芸術に触れてほしい」と願う。
午前9時~午後5時10分。一般700円、高校生300円、小中学生150円。同館電話0263・82・2094
(長田久美子)

雪代の流れ始めた高瀬川(大町市社)

雪解け水の瀬音に春の息吹が漂う高瀬川。残雪の山並みを背景に水面が踊り、安曇野に春を運ぶ=ニコンD3S、ニコンEDAF-Sニッコール28~70ミリ、3月26日

雪解けの季節。安曇野を南に動脈のように流れる高瀬川で、瀬音の奏でる「春便りの詩(うた)」を聞いた。
快晴の中、大町市社の左岸の堤防を散策。雪代が流れ始めた川面に近付くと、春の喜びの息吹に満ちた大自然のコーラスが聞こえてきた。水しぶきがかかりそうなほどの低さに目線を落とし上流を眺めると、春陽を浴びた水面が輝き、激しく飛び跳ねている。その背景に鎮座する残雪のまぶしい山並み。爺ケ岳、鹿島槍ケ岳、五竜岳を経て白馬三山へと続くさまは、壮麗な安曇野の原風景の光彩だ。
川面を眺めていると高瀬川への思いが次々と巡る。爺ケ岳の「種まき爺さん」や鹿島槍ケ岳の「獅子と鶴」の雪形がかすかに輪郭を現し始めた。高嶺(たかね)の雪形を形成する残雪も、やがて雪代となり、この高瀬川を下る。巡る思いは源頭域の天上沢や千丈沢から槍ケ岳(3180メートル)へ。北斜面の水は高瀬川、南斜面は梓川となる。
「槍で別れた梓と高瀬めぐりあうのは押野崎」とうたう安曇節。だが、各種の地図によると梓川は、松本市で奈良井川と合流し犀川となる。安曇野市明科の押野崎で高瀬川と梓川はめぐりあわない…。残念がる記者の目の前で突然、キセキレイがオペラ歌手のような超高音の「コロラトゥーラ」で“春のさえずり”を披露。対岸へ黄色の弧を描いて飛んだ。
(丸山祥司)