月別アーカイブ: 2015年6月

5連敗喫し第1ステージは15位 湘南に2-3の逆転負け

150630yampJ1は27日、各地で第1ステージの最終第17節を行った。前節まで15位の山雅は、同10位の湘南ベルマーレとアルウィンで対戦し、2-3で逆転負け。順位は変わらず15位ながら、リーグ戦5連敗というJ1の洗礼を受けてシーズンを折り返した。
得点直後の失点を2度繰り返し、反町監督は「なんともコメントが難しいゲーム」と苦りきった。
風下の前半は苦しむ場面もあったが相手にも決定機を与えず、0-0で切り抜ける。
後半8分、田中が獲得したPKをオビナが決めて先制したものの3分後、相手のFKがオウンゴールになり同点。さらに27分にはドリブルで持ち込まれ、逆転を許した。
42分にはオビナが競ったボールを途中出場の阿部が押し込み追い付くが、わずか1分後、自陣右からのクロスに頭で合わせられた。
「スーパーなプレーでやられているわけじゃない。ほんの小さなミスで流れを手放し、大きなダメージを受けることが多すぎる」と、田中はうめく。

ヤマザキナビスコ・カップも含めれば、すでにJ1で23試合をこなした。国内最高峰の舞台に悪い意味でも慣れ、油断や慢心が顔をのぞかせていないか。
2週間後の第2ステージ初戦は、無敗で第1ステージを制した浦和をアルウィンに迎える。
「弱い俺たちに休んでいる時間はない」と田中が言えば、「このまま同じことをやっていても駄目だというのが大前提。いろいろな面で細かい修正をしなくては」と指揮官も言い切る。
J2C大阪から安藤、広島から工藤といった、出場機会に飢えた新戦力も加わる。「競争が少なく、結果的に固定化した」(反町監督)出場メンバーにも変化があるだろう。
「まだ34試合目ではない。ここからはい上がれるかどうかだ」と、指揮官は力を込めた。
(長岩将弘)

初の国際交流事業 シンガポールU-14代表選手招き

150625yampサッカーJ1松本山雅は23~27日、初の国際交流事業として、シンガポールのU-14(14歳以下)代表3選手を松本市に招いている。寮に宿泊して育成組織の練習に参加するほか、市内見学や、27日にアルウィンで行う湘南ベルマーレ戦の試合運営ボランティアなども体験する予定。技術にとどまらず多くを学んでもらう狙いだ。
訪れたのはアダム君(14)、ハミザン君(14)、イライジャ君(13)。一行は23日、アルウィンで会見した。
シンガポールサッカー協会(FAS)ユースデベロップメント部長のラジャンさんは「日本の育成はアジアトップレベルで、世界でも高水準にあると感じている」。ハミザン君は「技術はもちろん、選手たちのプレー態度や日本文化も学びたい」と意欲を語った。
山雅の加藤善之副社長によると、来年度以降は、山雅育成組織の選手もシンガポールを訪問する相互交流の計画もあるという。
加藤副社長は「山雅の子どもたちも、言語や文化が異なる同年代の選手と切磋琢磨(せっさたくま)する経験を通し、アジアへ、世界へと意識を向けてほしい」と願った。
山雅の公式スポンサーであるセイコーエプソン(諏訪市)の現地法人がFASとスポンサー契約を結んでいる縁で、同国側からの呼びかけで実現した。

教えて!「食」のこだわり

150623yampスポーツ選手にとって、食べることは非常に大切だ。これから夏場を迎えると食欲も落ちがちだが、厳しい戦いが続く中で最大限のパフォーマンスを発揮するため、どんな工夫をしているのだろうか。普段の食生活で心掛けていることや、試合前の「勝負飯」、好物・苦手な物など、食に関するこだわりを選手たちに聞いた。

夏場は、やはり水分の取り方に気を使う選手が多い。
「喉が渇くままに飲んでいると、水でおなかがいっぱいになってしまい、ご飯が入らない。そうならないよう、意識して少しずつ小まめに飲む」という村山をはじめ、脱水を防ぎつつ、がぶ飲みしないよう注意する―との声が多かった。
岩沼は「たくさん飲む日と、ほとんど飲まない日ができないよう、毎日ある程度決まった量を飲むようにしている」と話す。
夏場に困るほど食欲が落ちるという選手は皆無だったが、暑さや疲労で食が進まないときは「麺類とか、食べやすいものをしっかり食べる」(岩間)、「オクラやナガイモなど、栄養価が高くてつるっと入るものを取り入れる」(鐡戸)などで乗り切るそうだ。
飯田は「スポーツ選手は食べることも仕事。無理にでも突っ込む」と、プロ意識をにじませた。

多くの品数を食べて栄養バランスに気を配ったり、食べ過ぎないよう注意したりはするものの、多くの選手がさほど厳密な節制はしていないようだ。
「長く選手を続けるには、ストレスをためないことも大事。節制するときはするが、オフの前日は好きな物を食べるなど、めりはりをつけている」と話すのは、ベテランの阿部。飯田は「そもそもジャンクな食べ物は好きじゃない。食べたいものをおいしく食べるようにしている」という。
村山、岩上、飯尾らは、揚げ物など油っこい物は控えめにしている。「体が重くなるような気がして、山雅に来てから試合前には食べない」という村山に対し、2人は「胃もたれがして、体質的に苦手」。岩上は「食べる前はおいしそうだけど、ついつい食べてから後悔する」と苦笑いする。
柴田は「ご飯は最低でも茶碗大盛2杯は食べないとおなかがすく」という、チームきっての健啖(けんたん)家。ただ、現在は体を絞るために量を抑えているといい、「正直、けっこうつらいです」と明かす。

飯田や喜山、飯尾らは、「勝負飯」としてうなぎを挙げた。
飯田は昨季、ホーム試合の前日には多々良(現仙台)とうなぎを食べに行ったそうで、「そうするとほとんど負けなかった。験担ぎの意味合いもありました」と話す。
飯尾はシーズン中、1~2週間に1度くらいは食べるといい、「もともと好きというのもあるけれど、やっぱり元気になれる気がする。チーム内でも好きな人はけっこう多いですよ」。さすが伝統のスタミナ食といったところか。
岩沼は、食べ物としてはないが、ホーム試合の前日に食事をする店が決まっているという。「メニューの栄養バランスがいいのもあるけれど、食べ慣れたものを食べ、試合に備えて心身のリズムを整えるという点も大きい」。前所属のJ2札幌時代も、行きつけの店があったそうだ。

好物は肉料理との答えが多かった。柴田はずばり、トンカツ。「トンカツ定食とかソースカツ丼とか、気がつくとカツ系を頼んでいる。松本はおいしい店が多いです」
意外と人気を集めたのが果物。岩上はグレープフルーツ、岩間はモモ、村山はパイン-といった具合だ。
阿部はイチゴが好きで、「小さいころ、1パックを1人で食べるのが夢でした」。石原は「メロンは丸ごと1個でもいけます」。岩沼は「宮崎県の友達に頼んで送ってもらったくらい」マンゴーが好きという。
一方で岩沼は魚のカマの塩焼き、サバのみそ煮など、渋いメニューも好みだそう。
「日本の鶏肉や、もっちりした米(ジャポニカ米)がおいしい」と話すのはオビナ。「おいしくて健康的」な日本食はどれも好きで、特にすしは母国でも食べていたが、来日後は「まだあまり食べる機会がない」と、少し残念そうだ。
苦手なもののある選手は少なかった。意外なところでは、村山はプリンと、サツマイモなど甘い芋。岩上は酢飯がだめだという。
「小骨のある魚など苦手なものはあるが、体のことなどを考えると、えり好みはしていられませんね」という阿部の言葉が、実際のところだろう。
(長岩将弘)

後半猛攻も実らず FC東京に1-2

150609yampJ1は7日、各地で第1ステージ第15節を行った。暫定13位の山雅は、同4位のFC東京とアルウィンで対戦し、1-2で敗れた。山雅はJ1昇格後初めてのリーグ戦3連敗で、ヤマザキナビスコ・カップも含めると公式戦5連敗。残り2節となった第1ステージ終盤で、試練の時を迎えている。
「試合終了の笛までよく戦ったが、一瞬の隙を突く力に関してはまだまだだという現実を突きつけられた」と、反町監督は絞り出した。
立ち上がりから攻撃のリズムをつかんだのは山雅だったが27分、警戒していた日本代表・太田のクロスに合わせられ失点。ペースを乱されてしまう。
前半ロスタイムには大久保がハンドの判定でPKを献上。やはり日本代表の武藤に沈められ、2点のリードを許した。
後半は守備を固めた相手に対し、山雅は前半以上の攻勢に出た。
18分、岩上のロングスローからオビナが頭で浮かせたボールを、大久保がオーバーヘッドキックで押し込み、1点を返した。
だが、その後は相手の堅守を崩しきれず、後半だけで12本のシュートを放つ猛攻も実らなかった。
「フィニッシュの精度という課題が浮き彫りになった」と飯尾や岩上らが唇をかめば、大久保も「得点できたのはよかったが、2失点のどちらにも絡んでいる。何を言っても言い訳になるが、悔しい」と、険しい表情を崩さなかった。
16節・川崎戦は2週間後。試合後に観客席から降り注いだ「惜しかった」「もうちょっとだったぞ」の声に応えるためにも、過ごし方が大切だ。
「やっていることは間違っていない。その方向でもっと気持ちを出せるよう、この2週間で持っていきたい」。飯田は必死で前を向いた。
(長岩将弘、松尾尚久)

ロマン誘う槍ケ岳を包む夕日(松本市)

150609sikipシルエットの槍ケ岳を包む壮麗な夕日。動の太陽と静の槍ケ岳が演じる光彩が原始の感動へ誘う=ニコンD3、ニッコールED1200ミリ、ND400、6月5日午後6時36分、弘法山古墳に近い開成中学校から

「夏至」が近付くと、この時季にしか見られない、槍ケ岳を包む壮麗な夕日が気になる。
太陽の南中高度が最も高い夏至の朝日や夕日の方位は、太古から重要視され、現代に至っても、その神秘さを漂わせ不思議である。
沈む太陽の中に槍ケ岳が影絵か切り絵のようにシルエットに浮かび上がる、原始の感動を呼び起こす夏至前後の夕日は、松本市中山地区周辺から観望できる。この母なる太陽と父なる槍ケ岳が重なる、壮大でまぶしい陰陽の世界は、新しい命を創造する根源の構図だ。
記者がこの光景にこだわり撮って20年。撮影するたびに、「犀龍・泉小太郎」伝説にある、かつて湖だった松本平の太古の原風景を脳裏に描いてみる。
構えるカメラの前には、太陽、槍ケ岳、弘法山古墳、和泉地区、背後には鉢伏山がある。この神聖なる光のライン上に浮かび上がってくるのが「犀龍・泉小太郎」伝説。母の犀龍が泉小太郎を産んだのは鉢伏山麓。目の前の和泉地区は、小太郎が育った場所の一つとされている。この光のラインに弘法山古墳があるのは偶然とは思えない。想像をかきたててやまない。
槍ケ岳を包む夕日のドラマに、美しい松本市再発見へのロマンが広がる。
(丸山祥司)

これからもハードワーク 育成スタッフ転身の小松憲太さん

150602yamp昨年7月、タイリーグに挑戦するため山雅を退団した塩尻市出身の小松憲太さん(27)が、ユースアカデミーの育成スタッフとしてクラブに戻り、3カ月余りがたった。タイでは苦しんだが、その経験を糧に、故郷のクラブで奮闘している。今の思いや手応えなどを聞いた。
「想像以上に難しい。教員免許を持っているし、大学まで主将を務めたので、自信はあったんですが…」と、苦笑する。
4月からは「独り立ち」し、未就学児から小学6年生まで、松本、諏訪、上田の3会場でクラスを受け持つ。
技術面はもちろん、育成と普及をどう両立させるか、心をつかみ、闘争心・向上心をいかにかき立てるか-試行錯誤の連続だ。
「大変だけれど、同じくらい楽しくもある。勉強して、反省して、毎日必死です」

タイリーグ2部のアユタヤFCに移籍したが、タイ独特の「マイペンライ(気にしない)」文化に、ピッチの内外で振り回されることになった。
特に「精神的にも苦しかった」と振り返るのが、シーズンが終わってアユタヤを去ることになり、選手寮を出た後の12~1月だ。
安ホテルを拠点に、入団テストを受ける日々。現場で契約する、大丈夫だと言われても、期日に契約書類が届かない。問い合わせると、やっぱりクラブ首脳陣が駄目だと言った-そんなことの繰り返しだったという。
「気持ちが先走った部分もあったし、タイのサッカー事情について調べ足りなかった甘さもある」とした上で、「サッカーをよく知らないフロントが外国人に求めるのは、規格外のフィジカルや派手な個人技といった、分かりやすさだった」と小松さん。「結局、サッカーに関しては、自分は合わなかったということでしょう」
移籍期間が終わる1月28日も過ぎ、「タイでだめだったら引退する覚悟だった」と決断した。
それでも「後悔はゼロではないが、多くのことを学んだ。精神面で変わったと実感する」と、前向きに振り返る。

2月に帰国し、山雅へあいさつに訪れた際、指導者としての誘いがあった。
もともと海外挑戦の大きな理由も、引退後、個人スクールを開く資金をためるため。幾つか選択肢はあったが、指導者として最も成長できるであろう道を選んだ。
「実際にプレーで示しながら指導をしたい」との考えから、身体面のコンディションを保つ。トップやユースの練習に加わるほか、社会人チームに身を置き、国体にも県代表として出場予定だ。
「もういいと思ったけれど、こういった環境にいると、プレーもしたくなるんです」とぽつり。では現役復帰も-と問うと、あいまいに笑い、「どうなるか分かりませんが、いろいろな選択肢をまだ消さないよう、心身を整えておきたいと考えてはいる」。

自身のいない半年間で、クラブをとりまく環境は激変した。「J1の中ではまだ小さなクラブだが、街を挙げての盛り上がりはすごくいいところ。むしろ胸を張って、独自の輝き方を探していっていいのでは」と話す。
「育成は未来のチーム力につながるし、地元からトップ所属選手がたくさん出れば、地域ももっと元気になる。まだまだ新米コーチですが、そんな選手を輩出する手伝いをしたいですね」
代名詞のハードワークで、山雅の力になる決意をにじませた。
(長岩将弘)

大町市の500万円出資に調印 5番目のホームタウンに

山雅と、新たに5番目のホームタウンとなった大町市は5月26日、同市が山雅に500万円を出資する調印式を、同市役所で開いた。
神田文之社長と牛越徹市長が、出資確認書にそれぞれ署名。ライチョウと北アルプスを背景に、クラブエンブレムと市章をあしらったタイアップフラッグを、同市に贈った。
今後は天然芝の市運動公園サッカー場でトップチームの練習試合を行ったり、子ども向けサッカー教室を開いたりする予定だ。
牛越市長は「スポーツ振興や青少年健全育成、観光誘客、他ホームタウンとの連携を通した広域レベルの地域振興にも期待している」とし、「山雅が掲げる『未来へ、夢と感動へのチャレンジ』に、ともに取り組みたい」とあいさつした。
神田社長は「大町の人に、少しずつでも山雅を身近に感じてもらい、山雅ファミリーの輪が広がっていけばうれしい」と感謝。
加藤善之GMも「市民クラブにとって、地域の支援は生命線。期待を裏切らないよう頑張っていきたい」と決意を話した。