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夢の昇格果たした5選手の覚悟と決意

141106yamp1日、敵地・福岡での大一番を制し、J1昇格を決めた松本山雅FC。試合後、選手たちが胸の内を明かした言葉からは、それぞれが秘めてきた覚悟や決意がうかがえた。サッカー人生を懸けた挑戦、サッカーに対する情熱、地元や亡きチームメートへの誓い-。印象的だった5選手のコメントを紹介する。

【FW船山貴之】
(先制弾は)ずっとあの形を狙っていた。ボールを足元に収めたときにはシュートを考えていた。コースは見えていたが、あまり良いシュートではなかった。気持ちで決めたゴール。
(J2昇格を決めた試合も点を決めたが)それは運に過ぎない。2度の昇格は人生にとってプラスだ。
(得点後サポーター席へまっしぐらだったが)あれが一番の喜び。体が自然と向かっていた。
栃木から山雅に来たとき、いろんな意味で次はないと思っていた。監督に出会って変わった。変わらないと試合に出られなかった。
一番変わったのは運動量の増加。攻守にわたり、出ていく力、戻る力が増した。周りに助けられての成長で、いい人たちとの出会いが成長の最大の要因。
J1で戦うには、もっと走らなければいけないし、カウンターの鋭さも磨かなければいけない。うちと戦い方が似ている鳥栖があそこまでできるなら、うちらにもできるのでは、との思いもある。
でも、今大事なのは、残り3試合をしっかり戦うこと。昇格が決まった後、だめな試合ばかりだったらみんな悲しいと思うから。

【MF岩間雄大】
前半得点できなくても、福岡に流れが行くような雰囲気ではなかった。後半は絶対に自分たちの方が走れるし、チャンスも多くつくれる。必ず自分たちの時間が来ると、みんな分かっていた。
東京都リーグから始まったキャリアだが、J1までたどり着いた。あきらめずにやってきて良かったし、多くの人に助けられたと、この年齢になって感じる。
松本への移籍当初は、なかなかポジションがつかめなかった。今でも手応えはないし、監督も納得していないと思う。もっと早くピンチの芽を摘みたい。攻撃のつなぎ役ももっとやりたい。
来年は国内最高峰リーグで山雅がどこまでできるか挑戦したいし、全国の人に松本山雅というチームを知ってもらいたい。
地域に密着し、昔から積み重ねてきたものが松本山雅を支えている。山雅に対する熱が昇格の一番の原動力だと思う。サポーターのみなさんにJ1に連れて行ってもらったのだと感じている。

【MF喜山康平】
監督には「戦える選手」にしてもらった。昔は「うまくやろう」と考えてプレーし、Jで通用せず、結果JFLへ行った。それが今、ユニホームを汚して相手のボールを奪い、走って戦うスタイルに。そういうところでしか生き残れないと今は思っている。
山雅加入直後は、先発できず、ポジションも定まらなかった。でも監督は、調子が悪くても使い続けてくれたし、失敗した後にもチャンスをくれた。それが自分にとっては一番大きかった。
ここでだめならサッカー選手としてもうだめだろう、という覚悟で山雅へ来た。チャンスをくれた山雅のために、ひたすら戦ってきた3年間だった。
客席の埋まったサッカー専用スタジアムでプレーできるのが一番の幸せ。サポーターには本当に感謝している。アウェーをアウェーと感じさせない。こんなチームはJ2にない。今日はなんとしてもいい思いをして帰ってもらいたかったし、一緒に喜べて本当に良かった。
ロッカールームで「あと3試合ある」と言い合った。自分たちのやってきたサッカーを最後まで見せたい。

【GK村山智彦】
率直にうれしいし、ほっとした。シーズン序盤のパフォーマンスが悪かった時でも、我慢して使い続けてくれた監督に感謝したい。
努力を重ねられたのは、個人的にはサッカーができる喜びが根底にあったからだと思う。(山雅以前に所属していたJFLの)SAGAWA SHIGA FCが解散し、サッカーができなくなるかもしれない境遇に置かれた。山雅に入団させてもらい、しかもJの舞台で、純粋にサッカーができることがうれしかった。
それから2年でJ1に上がれた。正直、できすぎだが、これまで自分がやってきたことに間違いはなかったと思える結果だし、とても幸せなこと。
でも、これで満足したら終わり。今はJ1で戦う資格を得た、というだけなのだから。
幸い、隼磨さんなどJ1経験も多い選手がいる。そういう人の助言や教えを聞きながら、もっと成長していきたい。

【DF田中隼磨】
今思えば、あのタイミング(昨季限り)で名古屋を退団になったのも何かの運命だったのかもしれない。たぶん、今が一番、サッカー人生の中で充実している。サッカーやってるなって感じがする。
いろんな覚悟を持ってこのチームに来た。右膝の件(5月24日の15節、磐田戦で右膝半月板損傷の大けが。周囲には伏せていた)もあったし、いろんな思いがあった。博多はマツさん(故・松田直樹さん)の出生地。きっと天国で見てくれていると思い、天国に向かって昇格を報告した。
マツさんの思いを伝えていくのが俺の責任だと思うし、マツさんは俺たちを見守ってくれている。マツさんはもう戦えないけれど、その目標だったJ1で、これからも一緒に戦える。
今季の始めに、すごく楽しみだと言った。いろいろ問題はあったけれど、チームのポテンシャルを見て、これは昇格できると思っていたから。J1で戦えるかはまた別の話だけど、ちゃんと修正すればこのチームはもっと良くなる。だから、来季も楽しみだよ。
でも、本当の勝負はこれから。昇格して盛り上がってるだけじゃダメで、すぐに落ちてしまったら意味がない。
でも大丈夫。俺はJ1での戦い方、勝ち方を知っている。このチームに植え付ける。
俺が子どものころは(地元のチームがJ1に行くなんて)信じられなかった。中学生のころ、Jリーガーになるといって松本を離れた時は、みんなにばかにされた。これで松本にJ1クラブができて、ファンや子どもたちに夢と希望を与えられるような姿を見せていきたい。
膝のこともあるし、俺の勝負もこれからだね。来季開幕に間に合えばいいけれど、焦らずしっかり治したい。ここからしばらくは、自分のサッカー人生を優先させてください。
(松尾尚久、長岩将弘)

J2第39節 魂一つ 大一番で福岡に勝利

141104yamp昇格のかかった大一番は、まさに選手、スタッフ、サポーターの魂が一つになった戦いだった。山雅の動きに硬さはなく、仲間を信じ、己を信じ、がむしゃらに戦ういつものサッカーを貫いて、ピッチ上を躍動した。
試合開始直後、センターサークル付近から放たれた岩上のロングシュートに、山雅とつながるすべての人の気持ちが込められているように見えた。
火が付いたように走り回る選手たち。前線から激しくプレスし、自陣でボールを奪えばロングボールを最前線へ入れてこぼれ球を狙ういつものスタイル。球際の競り合いの強さに、この一戦にかける選手の気持ちが伝わった。
空中戦を圧倒する飯田、サイドを激しく上下動する田中と岩沼、どう猛なまでにゴールへ向かう犬飼、空いたスペースをきっちりカバーする岩間や喜山など、全員がやるべきことを遂行。
得意のセットプレーから何度も得点機をつくるものの無得点だったが、「後半には絶対の自信がある。自分たちのペースだと声を掛け合った」(喜山)と、より前向きな気持ちで後半へ突入した。
その中で生まれた2点はまさに山雅の形。
先制点は、最終ラインの大久保のロングキックを最前線の山本が競り、こぼれ球をエースが決め、追加点は、自陣から船山-岩上-船山とつないだこぼれ球を、山本がドリブルをしてニアサイドへたたき込む高速カウンター。
34分、PKで1点返されると、昇格へ向けた最後の試練の時間に。すかさず鳴り響いたのは、サポーターの「今日も一つになって追い求めろ俺らと-」という魂のチャント。ロスタイムに突入すると「ワンソウル」コールで選手を後押した。
最後まで鬼気迫る動きを見せ、チームを奮い立たせた田中。試合終了直後、脱いだユニホームの下からは「3松田直樹」と書かれたシャツが現れた。亡き人の思いまで大切に抱き続けるチームは、これからも一丸となって戦い続ける。

サポーター現地に1216人 翌日空港でもファン出迎え

山雅側の応援席には1216人が詰め掛け、降りしきる雨の中、大一番を後押し。試合終了の笛が鳴ると、歓喜の雄叫びが夜空にこだました。
孫を連れて夫婦で駆けつけた澤谷明さん(60、松本市神林)は「(J1という)夢を追うのも良いと思い、選手たちを応援してきた。彼らがそれを実現した瞬間は涙が出た」。妻の順子さん(60)は「勝っても負けても無条件で応援する。選手は家族のような存在」と、昇格決定を喜んだ。
会社役員の荒木信明さん(54、同市大手3)は「今季は昇格の二度とないチャンスと思い、皆で押し上げるつもりで応援してきた。J1でも山雅らしいサッカーをしてもらい、われわれは今と変わらない応援をしたい」。
06年から観戦、10年からボランティアとしても活動する高梨光子さん(62、同市蟻ケ崎2)は、J2入りから3季で昇格を争うまでになった要因を「(生活習慣など)『駄目なことは駄目』と言える監督を迎えて選手が変わった。戦い方も、J1チームのような『ぶれない姿勢』を確立した」と分析した。
コールリーダーの小松洋平さん(28、東京)は「試合後、田中選手から『これからだ』と声を掛けられた。山雅がJ1に上がる、その価値をつくるのはこれから」。
サポーター集団「ウルトラスマツモト」を創設した疋田幸也さん(38、松本市波田)は「(J1昇格で)日本の最上位リーグの試合を見ることができ、地域の子どもたちのためになる。クラブが地域に在り続けるためにも、昇格の意義は大きい」と感慨深げだった。

昇格決定から一夜明けた2日、信州まつもと空港には選手や監督を迎えようと、ファン650人が集まった。
ファンたちは、到着ロビーに選手たちが出てくると、「おめでとう」「ありがとう」と言葉をかけ、拍手で迎えた。
辰野町の60代夫婦は「ずっと思っていれば願いはかなうと山雅が証明してくれた。結婚して普段は別々に住む子どもたちともアルウィンで会い、一緒に応援して楽しかったし、感謝の気持ちでいっぱい」と笑顔。
家族4人で訪れた横山晃大君(寿小学校6年)は「選手たちもうれしそうだった」、妹の智香さん(同小5年)は「J1に上がる来年からは、いろんな有名選手が松本に来るので楽しみ」と話した。

J1昇格決定 地元のパブリックビューイング歓喜

11月1日夜は、松本市のMウイング体育館と塩尻市大門一番町のウイングロードでパブリックビューイング(PV)が行われた。松本は約650人、塩尻は約550人が集まり、山雅のJ1昇格が決まると歓喜に包まれた。
両会場では勝利が決まった瞬間、仲間同士で抱き合ったり、ハイタッチをしたり。肩を組んで勝利の歌を歌った。感極まった様子で涙を流す女性の姿も。
松本で長男の翔空君(岡田小学校5年)と観戦した会社員中島淳さん(39、松本市岡田)は「いつもゴール裏で皆で声を枯らしながら応援してきた。感無量」と声をつまらせた。
若山聖奈さん(17、塩尻市広丘堅石)は「まつさん(故松田直樹選手)の思いがかなえられて本当に良かった。東京の大学に進学が決まっているので、東京でまた応援したい」と、涙ぐんだ。
塩尻では、以前朝日村に住んでいたという市瀬聡美さん(44、長野市)が「JFL時代より前から応援してきた。まだ実感がわかない。今は喜ばせてください」と夢心地。最前列にいた石原星さん(35、松本市笹賀)も「先を考えるよりもまずはJ1を楽しみたい」と喜んだ。
(大山博、井出順子)