月別アーカイブ: 2014年11月

J2最終42節 「らしさ」全開・水戸に3-0完勝

141127yamp松本山雅は、23日の第42節水戸ホーリーホック戦でも自分たちのサッカーを表現し、J1昇格を決めた2014年シーズンをいい形で締めくくった。
前線から守備をし、ボールを奪ったら素早く前へ運んでシュートを打つ。点が取れなくても、そこで得たCK、FK、スローインなどから相手ゴールを何度も襲う。相手にボールを奪われたらすぐに複数人で体を寄せ、再びボールを奪って速攻を仕掛ける。
前線の選手が後ろまで来て守り、後列の選手が最前線まで攻め上がる「山雅らしい」ダイナミックな攻撃的サッカーで、見る者を魅了した。

開幕戦はアウェー東京V戦、船山のハットトリックで始まったが、ホーム戦でも心に残るプレーが数多く生まれた。4月26日岐阜戦の岩上のFK、8月10日栃木戦の船山のミドルシュート、7月26日東京V戦での村山のビッグセーブ…。5月24日磐田戦の激闘、11月9日千葉戦のJ1昇格凱旋(がいせん)試合での完勝など心を熱くする試合もあり、数え上げればきりがない。
サポーターをスタジアムへ向かわせた要因は、勝利だけではなく、90分間あきらめず、ひたむきにプレーする選手たちの姿だ。
選手は昨季J1昇格プレーオフ進出を逃した悔しさ、サポーターやボランティアの支え、チームメートへの思いなど、さまざまなものを抱いて戦った。その数が多かったからこそ最後まで全力で走り抜けられたに違いない。
チームはJ2フェアプレー賞を獲得。熱くてクリーンな戦いをした。熱くて礼儀正しく、フレンドリーなサポーターと共に、アルウィンにすがすがしい空気をつくり出した。
最終節戦後、ゲーム主将の飯田はサポーターにこう呼びかけた。
「皆さんの手はゴールが決まった時に隣の人と喜びを分かち合い、声は僕たちに勇気をくれるものであって、決して誰かを傷つけるものではありません。周りを見渡してください。このスタジアムには年配の方、子ども、車椅子の方など幅広い人がいます。中でも子どもたちはクラブの宝。皆さんと一緒に、10年後、20年後ここで試合をするかもしれない子どもたちが安心して夢を見られるスタジアムづくりをしていきたい」
選手とサポーターがこうした思いを共有した“仲間”(飯田)でいる限り、山雅は成長を続けるだろう。
(松尾尚久)

秘めた思い 3選手の今シーズン

J2昇格からわずか3季で、悲願のJ1昇格を成し遂げた山雅。「どの選手もかけがえのない存在。その集合体が大きな成果を生んだ」-昇格を決めた39節・福岡戦後に反町監督が話したように、経歴や境遇は違えど、あらゆる選手が努力を重ね、力を尽くした。それぞれの思いを秘めて戦い抜いた3選手の今シーズンに迫った。

【鐡戸裕史-自分に何ができるのか】
同一クラブで地域リーグからJ1昇格までを経験した選手は、おそらく鐡戸以外にいまい。
山雅で迎えた実に3度目の「昇格」。16番を背負って6季目のチーム最古参は、その瞬間をピッチ上で迎えた。号泣し、仲間とがっちり抱き合って、過去2回の昇格とは少し違う戦いが実った喜びを爆発させた。
北信越リーグ1部だった09年6月に加入。豊富なスタミナや高精度のキック、多彩な攻撃のアイデアなどを武器に、主に左サイドバックとして主力を担い、JFL、J2への昇格に貢献した。
J2参入初年の12年は37試合に出場したが、同ポジションを争うライバルが増えた昨季は22試合に減少。特にシーズン後半はベンチ入りさえ思うようにかなわず、「ネガティブな時期を過ごした」と振り返る。
だが、ある時に気づいた。「出られないからチームに貢献できない-では、選手としてここにいる価値はない。お金を払って見に来て、応援してくれる人たちがいるのは、とても幸せなこと。昨季を繰り返してはいけないと思った」
出られないときに何をするのか。チームの一員として何ができるのか-。飯尾和とも相談し、行動に移した。
普段の練習から決して手を抜かず「ゆるさ」を見せないのはもちろん、公式戦の翌日に行う控え主体のトレーニングマッチでも積極的に声を飛ばし、「公式戦のような雰囲気づくりや、公式戦と同じプレーの質を追求したつもり」。
ベンチに入れば、ロッカールームで出場メンバーにタオルを配ったり、あおいで熱を冷ましたり。「いい雰囲気をつくってくれた」と、飯田をはじめ何人もの選手が、鐡戸の献身を証言している。
その飯田とともに故・松田直樹さんの墓参りをしたのは、最終節前のオフの日。J1昇格を報告しながら「『山雅を全国区にする』というマツさんの願いは、まだ達成していないと思う。これからも自分がやれることをやっていく」と、新たな挑戦を誓った。
補強も見込まれ、来季のレギュラー争いはさらに厳しくなるであろうことは覚悟の上。「ピッチに立つことを目指すのは当然として、自分に何ができるかを常に考え続けていくのは、その先の人生にもプラスになるはず」。最終節を終えてなお、鐡戸の表情は引き締まっていた。
(長岩将弘)

【岩沼俊介-1対1勝負にこだわり】
昨季は不動のボランチだったが、今季第4節からポジションを左ウイングバック(WB)へ変更。「複数のポジションをできるのが自分の強み」との言葉どおり、新たな“職場”で安定した仕事ぶりを見せ、チームの躍進に大きく貢献した。
守備時は最後列まで下がり、攻撃時は最前線まで駆け上がるWB。CB、MF、FW、すべての選手たちとコンビネーションを組みながら上下動するため、体力のみならず、高度な戦術眼が必要だ。
その中で、岩沼がこだわったのは「1対1」の勝負。ボールを奪う、相手の攻撃を遅らせる、相手の攻撃をサイドへ追いやる、正確なクロスボールを上げさせない…。派手さはないが、岩沼がサイドを制することで、中で構えるCB、MF陣が助かり、試合の行方を左右した。
1対1の強さは日ごろの練習で磨いた。「なんといっても、紅白戦の相手が山雅の選手だから。最後まで全然動きが落ちない。毎週すごく鍛えられた」
けがで9月に3試合欠場。「全試合出場を目標にしているので、すごく悔しかった」が、けがが治ると、反町監督はすぐ岩沼をピッチへ送り出した。「『やれ!』という強いメッセージを受け取った。プレーで返すしかないと思って戦った」
12年のJ1札幌時代に30試合出場。J1のサッカーを肌で知る数少ない選手の一人だ。
「無理に攻めきらないのがJ1。守備の隙ができるまでじっくりパスを回し、ワンチャンスを決めてくる。我慢する時間帯が増えるだろう。でも、最後まであきらめずに走り切って戦う『自分たちの形』が出せれば大丈夫。走力や球際の強さなどを泥くさくやっていくことが大事」
昨年、他のJ1チームから声がかかる中で山雅へ来た。サポーターやアルウィンなど、数多くのやりがいを感じての決断だったが、「もっと成長したい」と飢えていた岩沼にとって、反町監督の存在も大きかった。
「反町監督の下なら成長できると思った。まだあらゆる面を伸ばさなきゃいけないし、伸びると思っている。来季は3年ぶりのJ1。自分がどれだけ成長したか試したいし、サポーターにそのプレーを見てほしい」
(松尾尚久)

【山本大貴-鍛えられ多くを学んだ】
J1昇格を決めた決勝弾は、今季途中加入した大卒ルーキーの一撃だった。後半26分、船山からパスを受けると落ち着いてボールを運び、左足を振り抜いた。「あの時は妙に冷静になれた」と、山本は振り返る。
その10分ほど前、ピッチ上で「しっかりしろ」と、田中に頬を張られていた。冷静になれたのはそのためか。問うと「どうでしょう」と苦笑し、「でも、これまで半年の間に、このチームで得てきたものも大きかったと思います」と、力を込めて答えた。
熊本県出身。地元のルーテル学院高では、3年時に主将として出場した全国高校選手権で得点王。進んだ駒澤大でもエースとして活躍し、世代別代表の経験もある。
しかし、入団したJ1仙台では5月以降、試合から遠ざかった。攻撃陣の故障が相次いだ山雅の誘いを受け、移籍したのは6月初め。「試合に出て経験を積みたかった。ほぼ即答だった」という。
反町監督からは試合後の記者会見で「ダメ出し」をされることもしばしばだが、厳しさは期待の裏返しでもあるのだろう。
「意識が高まり、プレスバックもできるようになってきた」と指揮官が一定の成長を見て取れば、田中も「俺は言ってもできないやつには言わないから」と期待をかける。
その田中ら、ベテランから多くを学べたことも収穫だ。田中が右膝のけが(半月板損傷)を周囲に明かさずプレーをしていたことを知り、「尊敬し直したし、そういう背中を見て、自分ももっとタフにならなきゃいけないとも思った」。
一方で、プロ選手としての喜びを知ったのも山雅だった。「チャント(応援歌)をつくってもらったのは初めての経験だったし、結果が出せない時も声を枯らして応援してくれた。めちゃくちゃうれしかったし、支えられた」と、ファンへの感謝を明かす。
アルウィンでの最終節でもゴールを決め、過去最多の大観衆の前で成長の一端を示した。「(クロスを上げた岩上)祐三君のボールがよかっただけ」というものの、プロ初年で計7得点。確かな手応えをつかんだに違いない。
「山雅での全てが貴重な経験。精神面では鍛えられ、力不足ばかりを思い知り、それらも含めて、いいシーズンだった」。振り返る声音にも、半年前にはなかったたくましさがにじんだ。
(長岩将弘)

勝利で終幕 過去最高の入場者が選手激励

141125yamp来季J1昇格を決めているJ2の松本山雅FCは、今季最終節の23日、松本市のアルウィンで水戸ホーリーホックに3-0で快勝し、有終の美を飾った。入場者数は過去最高の1万8496人を記録。観客たちは新たなステージへ向かう選手たちを激励した。
今季限りでチームを去る野澤洋輔選手が先発し、好セーブで場内をわかせたほか、同じくチームを去る玉林睦実選手と引退を表明した飯尾和也選手も終盤に出場。チームの功労者に応援歌の大合唱が起こった。
観戦した細野正志さん(52、松本市里山辺)は、今季を振り返り「飯尾和選手は大好きだったので引退が残念。山雅選手の一生懸命走る姿が好きなので、J1に上がっても今のスタイルは変えずに頑張ってほしい」と話した。
最終戦セレモニーでは、飯尾和選手が引退スピーチ。仲間やファンに感謝を述べつつ、「J1でも山雅旋風を巻き起こしてほしい」とチームにエールを送った。10年7月の運営会社設立時から務めた大月弘士社長が今季限りでの社長退任を表明し、スタンドからは驚きの声が起こった。
山雅は松本駅前にあった喫茶店常連客らの愛好会としてスタートし、来年は50年目を迎える。

支える(5) 試合運営担当・長谷川亘さん

141120yamp長谷川亘さん(29)は、事業本部運営部で試合運営を担当する。
一口で言えば、「試合を滞りなく進めるタイムキーパー」だ。「試合と同じで、週に1度の90分間にいい仕事ができるかどうかは、準備にかかっています」という。
ホーム試合時はテレビ中継の時間を基準にチームやイベント関係先と折衝し、キックオフ時間を決めるところから始まる。
スケジュールが決まったら、相手チームや審判団、マッチコミッショナー、ボールパーソン-など、ピッチに関わる全ての人への説明や打ち合わせ。
アウェー試合時もチームに帯同し、ピッチサイドに立つ。準備の内容もほとんど変わらず、「1週間はあっという間です」。

新潟県十日町市生まれ。小学生でサッカーを始め、やがて選手より指導者を目指す気持ちが強くなり、新潟経営大(加茂市)2年生だった05年、部のマネジャーに転向。当時は大学リーグに加え、社会人カテゴリーの北信越リーグにも同じチームで参戦でき、指導や運営の基本的なノウハウを実地で学んだ。
大学を卒業した08年度は、地元の高校で非常勤講師を務めた。充実はしていたが「もっとサッカーに関わりたい」と翌09年、コーチとして母校に戻った。
山雅がJFL昇格を決めたのは同年末。試合運営のできるスタッフを探しており、山雅と縁があった部の指導者の推薦もあって、10年1月から山雅で働き始めた。
実は山雅との縁は、ともに北信越リーグに参戦していた大学時代にあった。
同大での試合時、近所からの要請で、急きょ応援団の鳴り物がNGに。それを山雅側へ伝えに走ったのが、長谷川さんだった。
「ずっと後で分かったのですが、僕は鳴り物を初めて止めた人物として、一部で知られていたそうです。今からすれば、何か運命的なものにも思えますね」とほほ笑む。

現在のスタッフの中でも古株という長谷川さん。J1昇格を決めた39節・福岡戦(1日)にも居合わせ、さぞ感慨深かったろうと思いきや、「選手もサポーターも想像以上の盛り上がりで…。感動に浸る余裕もなく、収拾に追われました」と苦笑する。
松本に戻り、報道に接してようやく実感が湧いてきたというが、「一番実感するのは、たぶん来季の開幕戦でしょう」という。
「これからやらなくてはいけないことはたくさんありますが、『お客さんに楽しんでもらう』という、最も大事にするところは変わりません」と長谷川さん。
「目指すのはJ1昇格ではなく、アルウィンを満員にすること。今まで山雅を知らなかった人にも来てもらい、もっと日常に根ざした、身近な存在になればいい。そのために、今後も頑張ります」
(長岩将弘)

来季J1ライバルからも祝福-事務所に花など続々

松本市鎌田2にある山雅事務所1階の車道に面した窓際に、J1昇格を祝って寄せられたコチョウランの鉢植えやスタンド花(花輪)が並び、祝賀ムードを感じさせている。
普段はカーテンを閉めている窓際に並べるだけ並べたスタンド花は30基、コチョウランは20鉢ほど。花が新鮮なうちに楽しんでもらおうと、並べきれないスタンド花は、花束にし、近所に「おすそわけ」したという。
クラブ広報によると、福岡戦の翌日(2日)から、続々と届けられた。その他祝いの品や祝電なども含めると、計100件ほど。多くはスポンサーからだが、地元の鎌田町会や湘南、甲府といった縁のあるクラブからもあった。
花がもつかぎり飾る予定。クラブ広報は「とてもありがたいこと。これらの花を見ると、社員やスタッフ一同、あらためてすごいことを成し遂げたんだと実感する」としている。

J2第40節 凱旋勝利「らしさ」失わず千葉に2―1

141113yampJ2は9日、各地で40節を行った。過去最多の観客が詰め掛けたアルウィンにジェフユナイテッド千葉を迎えた山雅は、2-1で勝利。前節、大きな目標だったJ1昇格を決めた後も「らしさ」を失うことなく戦い、好調の千葉に9試合ぶりの黒星をつけた。
山雅は前半立ち上がりからボールに素早く寄せ、千葉に攻撃の形をつくらせない。14分にスローインの流れから岩上が上げた右クロスを、喜山が頭で押し込み先制。42分、左CKから失点と思われたが、相手ファウルでノーゴールに。リードしたまま折り返した。
後半23分には、飯尾竜の右クロスに岩上が頭で合わせ、追加点。
千葉は選手交代とともに並びを修正。徐々にリズムを取り戻し、終盤に攻勢を強める。ロスタイムに犬飼のクリアミスを森本に決められたが、直後に試合終了の笛が響いた。

試合前、千葉を「今J2で最も勢いのあるチーム」と評していた反町監督。仮想J1とは言い切れなくても、これまで積み重ねてきたものを確かめ、今後を占う1戦だったことは間違いない。
多くのファンの大歓声に迎えられた凱旋(がいせん)に値するチーム、選手であるか-。そんな問いも、「昇格決定後」の大きなモチベーションになっているだろう。
アシストという結果で起用に応えた飯尾竜が「もっとやらないと、(田中)隼磨さんからポジションを奪えない」と闘志をたぎらせれば、村山は「あと5秒、10秒、耐える力がなくては」と失点を悔やんだ。
「昇格を成し遂げたこのメンバーで戦えるのもあとわずか。集大成を見せなければ」。両得点に絡んだ岩上と、足をつらせるほど激しくピッチを駆け回った船山が、口をそろえた。
(長岩将弘、松尾尚久)

J1昇格決定後初のホーム戦白星 過去最多1万8114人祝う

141111yampサッカーJ2の松本山雅FCは9日、松本市のアルウィンでジェフユナイテッド千葉と対戦し、2-1でJ1昇格決定後初のホーム戦を白星で飾った。冷たい雨にもかかわらず、観客は過去最多の1万8114人。試合後は昇格報告セレモニーがあり、集まった人たちはあらためて昇格の喜びを分かち合った。
セレモニーで、反町康治監督はチームスローガンの「ワンソウル」とかけて「来年も『J1ソウル』で頑張りましょう」とあいさつし、喝采を浴びた。
チーム最古参で在籍6年目の鐡戸裕史選手は、JFL、J2と過去2度の昇格を振り返りつつ「今年は毎試合が『山雅劇場』だったんじゃないかと思う」と話した。
JFL時代の11年からアルウィンに足を運んでいる石曽根一能さん(44、松本市寿台)は「ピッチに立てない選手の思いも込めて応援した。鐡戸選手の言葉に感無量」と、しみじみ。「まだJ1のステージに立つ権利を得ただけ。横浜FMや名古屋を倒す力を付けたとき、初めて『昇格した』と言える気がしている。選手もサポーターも、今年以上のものを目指さなくては」と、来年に思いを向けていた。