諦めず一歩一歩 MF喜山

「日本代表になる」。小学生のころから抱き続け、今も変わらないMF喜山の夢だ。
東京ヴェルディのユースから東京ヴェルディを経て07年に当時地域リーグの岡山へ。チームのJ入りに貢献したが、11年にはJFLのカマタマーレ讃岐へ。夢から遠ざかるような道のりだったが、「諦めたことは一度もなかった」という。
そして今、山雅のボランチとして欠かせない存在になっている。アグレッシブなプレーで攻守に尽力。最終ラインで声を張りチームメートを鼓舞したDF飯尾和がけがで戦列を離れてからは、「真ん中は、守備陣にも攻撃陣にも声が届く位置」と考え、積極的に声を出しチームを支える。
9節のG大阪戦に出場していない喜山にとって、日本代表経験者が6人いるG大阪とは初めての対戦。中でもボランチ遠藤は、国際Aマッチ出場数136試合と、日本代表最多出場記録保持者。自分の力が現時点でどこまで通用するのか、いや応なしに試される試合だった。
しかし、「自分のやりたいプレーができなかった」と、試合終了後は厳しい表情を浮かべた。「自分のところから相手にボールが渡ってしまうことが多かった。ボールも奪えず、効果的なパスもできなかった。行っていい時と悪い時の判断もまだまだ」と、悔しさをあらわにした。
ただ、「試合ごとに課題を見つけ解決する作業を繰り返してきた」のが喜山だ。どんな境遇でも諦めなかった男が、一歩一歩登りここまできた。山雅のJ1昇格の先に、日本代表がある。
一流選手たちとの戦いで見えた課題を克服すれば、また夢に近づく。