熱い思いは変わらず 元FW小林陽介さんがサッカースクールコーチに就任

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09、10年シーズンにFWとして在籍した小林陽介さん(30)が2月、ユースアカデミー(育成組織)が未就学児向けに開くサッカースクールのコーチに就任した。JFL昇格にも貢献した俊足のストライカーが、再び山雅の一員として、ピッチ外での奮闘を始めている。
16日のホーム開幕戦。試合前、小林さんは運営スタッフの一員として、ピッチ脇を奔走していた。選手が練習のためピッチに飛び出してくると、アルウィンを揺るがすような大歓声が起きた。
昨年10月、J1鳥栖との天皇杯3回戦をスタンドで観戦したが、ピッチで歓声を聞くのは山雅の「敵」だった11年11月3日以来だ。
「ありきたりな表現だが、鳥肌が立ったし、胸に迫るものもあった。ファンの数、その熱気とも、僕のいたころよりさらに増しているようだった」。小林さんは2年半ぶりに感じたピッチの“空気”を、こう振り返った。

11-13年シーズンは、かつても在籍したJFLの横河武蔵野FC(東京)でプレーした。12年からは酒店でフルタイムの仕事をこなし、夜に練習。週末が試合のため、休日が取れない週も。大変ではあったが、サッカーができる喜びを感じ、充実した日々だった。
山雅からクラブスタッフとしての誘いがあったのは、横河の退団が決まって間もない昨年11月末。現役を続けたい気持ちもあり、「かなり悩んだ」と明かす。
「例えばJでバリバリ活躍していたら、もっと強く現役にこだわっていたかもしれない。でも、横河に移ってすぐ娘が生まれ、いつ辞めることになっても悔いのないように-との意識を常に持ちながらやってきた」。引退後もサッカーに関わる仕事をしたいと考えていた小林さんにとって、熱意ある打診は響いた。妻の後押しもあって、心を決めた。
松本への2度目の引っ越しは、2月の2週にわたった記録的大雪の狭間だった。「荷物を運び終えたと思ったらまた雪が降り、東京との交通が断たれた。すごいタイミングで、松本に歓迎してもらえたと思うことにした」と笑う。

横河時代の11年にスクールコーチを手伝っていたものの、本格的に「教える」経験は初めてだ。「分かりやすく言葉で伝えることの難しさを感じる。悩むことも多い」という一方、「指導者という立場はものの見方が変わる部分があり、自分も成長できる。何よりサッカーに関わっていられることは幸せ」と、つらさはない。
会社には柿本倫明さん(現クラブアンバサダー)や小澤修一さん(現広報)らかつてのチームメートがおり、選手時代から知るスタッフも少なくない。
「今はコーチの仕事で精いっぱいだが、これから他の仕事も覚えていく中で、彼らの存在は心強い。そういう意味でもここで良かったと感じる」

JFL昇格を決めた09年12月6日のアルウィン。自ら逆転ゴールを挙げて浴びた歓声や、試合後に歌った凱歌(がいか)「勝利の街」を、「一生忘れられない」と小林さんは言う。
チームの目指す先も自分の立場も変わった。しかし、チームのために自分の場所で力を尽くすという思いは変わらない。
「指導者として、もっとレベルアップしなければという思いもある。さまざまな目標があるので、まずはそれらを着実にクリアしていきたい」。はつらつと語る小林さんの第二のサッカー人生は始まったばかりだ。

こばやし・ようすけ 1983年、東京都生まれ。J1浦和(02、03年)、横河武蔵野(04-06年)、熊本(07、08年)を経て、当時北信越1部だった山雅へ。公認C級コーチライセンス所持。現在は妻、長女と松本市内で暮らす。
(長岩将弘)