朝焼けの前穂高岳東壁がかたどる「ビーグル犬」(北アルプス穂高連峰)

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神々しくモルゲンロート(朝焼け)に染まる穂高連峰。クライマーをとりこにしてきた栄光と悲劇の舞台の前穂高岳東壁が、「ビーグル犬」の愛らしい姿になって浮かび上がる=ニコンD3S,ニコンED AF-S ニッコール1200ミリ、2017年11月28日(雪形が最もリアルなのは4月下旬から5月上旬)

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塩尻市片丘から望む穂高連峰。前穂高岳東壁と呼ぶ凄絶(せいぜつ)な岩壁がかたどる「ビーグル犬」の雪形が、朝焼けに浮かび上がった。厳冬期を告げるように現われた雪形は昨年11月28日、快晴の中で撮影した。
この雪形は、8年前に塩尻市の土橋康孝さん(76)が発見し命名。「ビーグル犬」に向かって右目がAフェース、鼻がBフェース、Cフェースが胸で前脚が右岩稜だ(図参照)。
1955(昭和30)年元旦。これまで厳冬期の完登を許さなかった前穂高岳東壁の登攀(とうはん)に挑んだのは、三重県の「岩稜(がんりょう)会」のメンバー3人だ。北壁を経由しAフェースを登攀中に日没となり、厳寒絶悪の氷壁でビバーク。2日朝、登攀を再開したが岩角に掛けたナイロンザイルが切れ、トップを登っていた1人が墜死した。この遭難が井上靖の小説「氷壁」のモチーフになった「ナイロンザイル事件」である。
現・涸沢ヒュッテ会長の小林銀一さん(87、松本市高宮北)は、遭難救助要請で出動。4日未明、上高地の木村小屋を出発し東壁直下の奥又白谷へ急行した。凍傷を負った登攀メンバーの沢田栄介さんを背負い、スノーボートで救助した。小林さんは「雪の状況が良好で決行したが、雪崩の巣の松高ルンゼを下りた救助はまさに神業だった」と63年前を振り返った。
切れたナイロンザイルは、大町山岳博物館で展示している。
(丸山祥司)