外国人選手を支える通訳2人の思い

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外国人選手との意思疎通を担う通訳。今季はポルトガル語をブラジル人の橋本・フェリペ・タバレスさん(29)が、韓国語を李善雨(イ・スンウ)さん(38)が、それぞれ務めている。言葉を訳すだけでなく、母国を遠く離れてプレーする選手たちに寄り添い、生活や精神面のケアも担う。独自の信条や熱い思いを胸に奮闘している。


【フェリペさん】
フェリペさんは今季「新加入」。オビナ、ウィリアンス、パウリーニョの3選手とも日本での生活に慣れて家族もおり、「家族ぐるみで良い関係を築けている。楽しんでます」とほほ笑む。
試合・練習時や取材対応などに加え、選手の日々の暮らしにも通訳は欠かせない。病院や銀行、郵便局、市役所などで必要な手続きをサポートしたり、選手の気晴らしのために休日の外出に付き合ったり。
最も大事にしているのは「自分を取り繕わない」ことだ。
隠し事や知ったかぶりをせず、ありのままで接する。分からない日本語は「調べて後で伝える」とはっきり言う。誠実であることが信頼を得る一番の近道という。

Jクラブの通訳になり3年目。昨年、山雅の通訳だった古川宏人さん(現横浜FM)と以前から知り合いで、古川さんの紹介で松本へ。
サンパウロ生まれ。出稼ぎをする両親、兄と共に5歳で来日し、サッカーに親しみながら福島県や群馬県で少年時代を過ごした。
高校卒業後、選手として母国に帰り、2年間ほどプレーした。その後、日本に戻ったが、選手で食べていくのは無理と、早めに見切りを付けた。
21歳で日本人と結婚し、翌年に子どもが生まれた。両親が群馬で経営する在日ブラジル人向けの語学学校を手伝いながら大工、宅配便の運転手、役場の保健センターの通訳、パチンコ店の宣伝カーの運転手など職を転々。がむしゃらに働いた。
やがて、在日ブラジル人を支える両親の姿から「自分も日本で頑張るブラジル人の役に立ちたい」と思うように。兄がJクラブの通訳(現在は磐田)になった影響もあり、J1、J2の全クラブに手紙と履歴書を送り、14年に群馬の通訳に。
だが、「正直、甘かった」。ブラジル人について理解しているつもりだったが、信頼関係を築く難しさを痛感。サッカーの知識も高いレベルを求められた。翌15年は練習生も含めて一度に5人の面倒を見た時期も。手探りで努力を重ねた。

「周りのスタッフに助けてもらってばかりで、まだ未熟。指導陣からすれば、我慢して使っている部分もあるはず」とフェリペさん。「その時できることを精いっぱいやり、成長しながら貢献度を高めていく」と誓う。


【李善雨さん】
今季の山雅でただ一人の韓国人選手・韓承炯(ハン・スンヒョン)は、大卒新人で日本での生活も初めて。李さんは「選手と通訳の間柄というより、後輩を指導する感覚」と話し、「コミュニケーションを待つのではなく、自分から行動を起こし、溶け込んでいくよう助言している」という。
気に掛けつつも、私生活の細かい場面にはあまり立ち入らない。「言葉は違っても、互いにある程度なじみがある国で、文化的にかけ離れているわけでもない。『習うより慣れろ』です」
一方、ピッチでは「指導陣が求めるプレーを選手ができなければ、『きちんと訳しました』と言っても、言い訳にしかならない」と自戒する。指導者の言葉をそのまま訳すのではなく、ニュアンスや声の調子なども加味し、「選手が受け取りやすい伝え方」に心を砕く。
韓承炯は現在、けがをして別メニューで調整中。「こういう時は精神面のサポートが必要」と、小まめに声をかける。

釜山生まれ。通っていた小学校の部活は少年サッカーの名門。俊足を見込まれて4年生で始めるとすぐに頭角を現し、中学時代は全国大会でも活躍した。
高校2年への進級を前に、親の勧めや指導者の縁で来日し、大分高校に入学。高校選手権や国体にも出場し、桃山学院大(大阪)を卒業するまで日本で7年間を過ごした。
帰国後はKリーグの強豪・水原三星ブルーウィングス入り。加入初年の01~02年シーズンはアジア・チャンピオンズリーグの前身「アジアクラブ選手権」に出場し、準決勝でゴールを挙げるなど2連覇に貢献した。
08年に引退。やり尽くした思いからサッカーを離れる考えもあったが、代理人として働くことに。昨年9月、韓国代表の金甫●{日の下に火}(キム・ボギョン)の山雅移籍が急きょ決まった際、通訳を探す時間がなかったため、以前から知り合いだった李さんに声が掛かり、再び来日することになった。

「大都市ではないのに、これだけファン・サポーターの熱が高いクラブは韓国にはない」と、松本と山雅に驚く李さん。
降格し、負けても優しく、力強い声援が飛ぶ。だからこそ、それに応えなければとの思いを強くし、「韓国人選手が活躍し、再びJ1昇格を果たせれば」と願う。
(長岩将弘)