地元出身田中隼磨選手入団 「3」を受け継ぐ

140109yampJ2松本山雅FCは6日、松本市出身で日本代表経験もあるJ1名古屋グランパスのDF田中隼磨(はゆま)選手の完全移籍加入を発表し、同市本庄のホテルブエナビスタで入団会見を開いた。背番号は、山雅在籍中の11年8月に急性心筋梗塞で急逝した松田直樹さんの「3」を受け継ぐ。即戦力としてはもちろん、集客力アップやチームへの豊富な経験の還元といった役割にも期待がかかる。
大月弘士社長、加藤善之ゼネラルマネジャー(GM)と会見に臨んだ田中選手は「生まれ育った松本のチームにプロ選手として加わることができ、幸せだし光栄。いろいろな人の思いを背負い、覚悟をもってやっていく」と決意を話した。
名古屋との契約満了を受け、山雅は昨年12月9日に名古屋市で初の交渉。代理人を含めた交渉を重ねたすえ、31日に田中選手が入団の意志を伝え、会見前に本契約を交わした。
大月社長は「(横浜でチームメートだった)松田さんとの縁や、彼と同じ強い気持ちで松本を全国区にしてほしいとの思いから、この背番号を付けてほしいと頼んだ」と説明。加藤GMは「まだ松本市出身選手はいない。チーム強化に加え、さらに地域を盛り上げる原動力になってほしい」と期待した。

【田中隼磨選手の一問一答】

-入団の最大の決め手は
打診はJ1を含めた数クラブからあった。毎日のように悩んだが、考えても考えても結局、山雅でプレーする姿しか思い浮かばなかった。
言葉で言い表すのは難しいが、山雅というチームに魅力ややりがいを感じた。お金やJ1の舞台といった以上に大切なものが、山雅にはあると思う。
-J2でのプレーは自身初となる
非常にタフで厳しいリーグと聞いているが、それだけいろいろなチームに昇格のチャンスがあり、わくわくしている。
チームの目標が僕の目標でもある。これまでとまったく環境も変わるが、プレッシャーより楽しみな気持ちでいっぱい。山雅とともに、今年のJ2を盛り上げられればいい。
-背番号について
3を付けてほしいと言われ、すぐには返事ができなかった。
松田さんのお母さんとお姉さん、(松田さんの親友の)安永聡太郎さんや佐藤由紀彦選手(長崎)にも相談したところ、「隼磨が付けるなら直樹も喜ぶ。直樹と一緒に戦ってくれ」と、皆さんに後押しをしてもらえた。悩んだが、覚悟をもって付けようと決めた。
-山雅への思いは
生まれ育った松本のチームなので、ずっと前から気にしていた。
今の山雅があるのは、選手、サポーター、スタッフなど、今まで携わってくれたあらゆる人たちのおかげ。多くの人たちの思いを背負い、プレーしたい。
おそらく周囲が思っている以上に、僕は松本に思い入れがあると思う。そういった気持ちもプレーに込めていけたらいい。
-豊富な経験をどうチームに伝え、引っぱっていくか
J1でプレーした選手は少なく、日本代表やリーグ優勝経験者もいない。少しずつでも、自分がひたむきにやる姿を見せていけたらいい。
また、そうすることで下部組織の選手たちもトップチームを目指したいと思うような、夢のあるクラブづくりにも貢献したい。

【たなか・はゆま】 1982(昭和57)年生まれ。女鳥羽中時代までFC松本ヴェガ(現在は消滅)でプレーし、卒業後、横浜フリューゲルスユースへ。2001年に横浜F・マリノスに入団し、以後東京ヴェルディ、名古屋でJ1計355試合に出場。04年に横浜(当時は2ステージ制)、10年に名古屋でリーグ制覇を経験。06年には代表入りし、国際Aマッチ1試合に出場した。174センチ、64キロ。
(長岩将弘)