先輩市民クラブに学ぶ 「ヴァンフォーレ甲府」リポート

山雅は今年、県内初のJ1クラブとして国内最高峰リーグに挑む。反町康治監督は「来季は未知との遭遇」と表現していたが、同じように感じるサポーターも多いことだろう。
山雅と同じく予算規模の小さい市民クラブでありながらJ1で健闘、昨季クラブ史上初の2季連続残留を果たしたヴァンフォーレ甲府のホーム最終戦をリポートしながら、クラブ運営会社の海野一幸会長に聞き、J1とはどんな舞台なのかを探った。

甲府のホーム最終戦は、11月29日の第33節・FC東京戦。前節、ホームで勝って残留を決めてはいたが、12年からチームを率いた城福浩監督の退任が、4日前に発表されていた。甲府としては、勝利で監督を送り出したいところだろう。
山雅のホームグラウンドのアルウィン(松本市)より最大収容人数は3000人余少ない、1万7000人収容の山梨中銀スタジアム(甲府市)がある小瀬スポーツ公園周辺は、開始2時間近く前からごったがえしていた。気勢を上げるサポーターらの声も敷地外からすでに聞こえ、この一戦に懸ける思いが伝わってくる。
試合は午後5時に開始。この日は、同所ではシーズン最多となる1万5071人が詰め掛け、双方の声援が夜空にこだました。
特に、アウェー側観客席の声援の圧力がすごい。地理的に近く、多くの人が訪れたこともあるのだろうが、J2では考えにくい状況だ。
ピッチ上では、甲府がその強い思いを体現した。
FW武藤やDF森重ら、日本代表やその経験者が多数在籍するF東京を相手に、甲府は前半から果敢に攻める。後半こそ相手に押し返される場面が増えたが、決定機らしい決定機はつくらせず、0-0で終了。甲府10本に対し、F東京が3本というシュート数が、試合を象徴していた。

試合後は最終戦セレモニー。映像で今季を振り返り、監督や主将、クラブ運営会社社長らがピッチ上であいさつをした。
驚いたのはアウェー観衆の半数ほどが残り、ピッチを1周する甲府の面々にねぎらいの言葉をかけたことだ。08年から10年9月までF東京を指揮した城福監督にはもちろん、甲府の選手たちにも「お疲れ!」などと声が飛んだ。
城福監督はセレモニー後の会見冒頭、「2年前、F東京とやったときは10回やっても10回勝てないと思う試合だったが、今日はもう一度やりたいと思う試合だった。彼らの成長した姿を見て、本当にうれしく思う」と話した。どことなく、昨年の山雅とも重なる。
また城福監督は、予算や環境面の厳しさを、「4人乗りの車に6人で乗って、坂道を登っているような印象」と表現しつつ、「サッカー文化と歴史がある中で、こんなに熱いサポーターがいる。この車が定員オーバーでなくなる日が来れば、本当に素晴らしくなる」。城福監督の言葉は、山雅にもそのまま当てはまるように思えた。

甲府は翌週の最終34節、アウェーで清水エスパルスと対戦。過去1分け8敗と苦手としていた相手だが、0-0で引き分けた。甲府は9勝14分け11敗、勝ち点41の13位で、14年シーズンを終えた。
【海野会長に聞く】
海野会長は、J1の舞台で感じたJ2との最大の違いを、「やはり観客数」とした。
データにも如実に表れている。J2だった05年のホーム戦平均観客数は6931人だったのに対し、初めてJ1で戦った06年は1万2213人と、1・76倍にもなった。
「山梨県初のJ1クラブ誕生で関心が高まり、(年間パスを持つ)クラブサポーター会員が5771口から9950口へと飛躍的に増加。アウェー側観客も多く来場した」と、主な要因を挙げる。
しかし甲府はその後、2季でJ2に降格。11年は再びJ1で戦ったが、今度は1季で降格-と、なかなかJ1に定着できない、苦しい時期が続いた。
それに伴うように、クラブサポーターは06年をピークに減少し、14年は7597口に。厳しいが、これが現実ということだろう。

しかし「こんな状況だからこそ、自分たちの特色でもある『地域密着』を大切にしていかなければいけない」と、海野会長は力を込める。選手やクラブマスコットの催し参加、スタッフの講演会など、参加したイベント数は14年だけで400近くに上ったそうだ。
「クラブをより身近に感じてもらうことこそが、1人でも多くの方々の足をスタジアムに向けることになると思っています」。そう話す海野会長は、それこそが地方都市の市民クラブがJ1という舞台で存在感を示し、輝き続けるための鍵でもある-と言う。
「クラブ、選手、スタッフ、マスコットが、さまざまな形で地域の方々と触れ合う機会を増やしていくことが、クラブの存在意義を高め、より多くの方々に支援や応援をしていただくことにつながる。ヴァンフォーレ甲府というクラブを介することで、人と人のつながりが生まれ、さまざまな価値が創出される。そういった積み重ねでクラブを『無形文化財』へと高め、山梨県になくてはならない存在になることが、われわれの目指すところです」。

山雅がJ2に参入した12年の2度の「甲信ダービー」を、海野会長は「試合の結果もさることながら、両サポーターの応援による戦いは、熱戦そのものだった」と振り返る。
「国内最高峰のJ1のステージで再び対戦できることを、非常にうれしく思います。互いに地方都市の市民クラブとして誇りを持ち、素晴らしい雰囲気の中での試合になることを期待しています」
【ヴァンフォーレ甲府】
1965(昭和40)年、県立甲府第一高OBを中心に「甲府クラブ」として設立。72年にJSL2部、92年に旧JFLに参戦し95年、現チーム名に。Jリーグが2部化した99年、J2に参戦。2度のJ1昇降格を経験したのち、13、14年シーズンでクラブ史上初めて2季連続J1残留を果たした。ホームタウンは甲府市、韮崎市を中心とした山梨県全域。
(長岩将弘)