ブラジル人選手支える通訳 西村律郎さん

 

131010yampホドリゴカベッサ、フェリペアウベス両選手、エルシオ・フィジカルコーチのブラジル人3人と日本人との意思疎通を担うのが、12年2月から山雅でポルトガル語通訳を務める西村律郎(のりお)さんだ。その仕事は、単に言葉を訳すだけにとどまらない。母国を遠く離れて努力を続ける若者たちを、力強く支える姿が浮かぶ。
試合中は歓声に負けない大声でベンチの指示を伝え、試合後は報道陣とのやりとりを訳す取材対応。練習、遠征などで、マネジャーの手助けもする。
だがそれらは、仕事のほんの一部。「最も大事なのは、日本の生活環境になじみ、いいプレーをしてもらうためのサポートすべて」と言い切る。
来日間もない時期のケアは、特に重要だ。「ブラジル人は明るく陽気に見えますが、実は寂しがり屋が多いんです」と西村さん。相談に乗ったり、休日に買い物や観光に連れ出したり。時には自宅に招くこともある。

1975(昭和50)年、滋賀県生まれ。小学校低学年からサッカーを始め、アルゼンチンのマラドーナ選手(当時)ら南米サッカーに魅了された。高校時代はブラジル人留学生と親しくなり、言葉や文化を教わった。
高校3年時にJリーグが開幕。「選手としては無理だが、語学を磨いてサッカーに関わる仕事ができれば」と、大学でポルトガル語を専攻。留学や国際協力機構(JICA)の事業で計3年、ブラジルで過ごした。
帰国後は語学力を生かした仕事を求めたが、挫折の連続。「自分に何ができるのか、何をすべきなのかが分からなくなった」
もがき続ける中、J2(当時)湘南ベルマーレの関係者と知り合い、面接を受けたのは05年の暮れ。約6年間、通訳を務めた。

最も難しいのは「選手との距離感や、自分の立ち位置。いつも意識しています」という。
寄り添いつつも、友達ではない。優しいだけでも、厳しいばかりでもいけない。ブラジル人からはもちろん、日本人スタッフの信頼も必要だ。通訳を始めたばかりのころは双方の言い分を全て受け止めようとして、板挟みに苦しむこともあったという。
コミュニケーション不足が失点に直結する守備陣を中心に、日本人選手たちの配慮も心強い。
後ろ、止まれ、足元-などといった単語リストを手に、ポルトガル語を教えてほしい、と言ってきたのは多々良だ。つづりと発音をプリントして渡した。

9月29日、アルウィンでの35節・栃木戦。後半28分に先制点を挙げたカベッサは、真っ先に西村さんに駆け寄った。「いつも支えてくれ、力をくれる存在」というカベッサの言葉は、まさに西村さんが最も大事にしていることと重なる。
「アルウィンは試合前のアップ時から、僕らでさえ震えがくる雰囲気。そこでブラジル人選手が勝ち点3につながる活躍をしてくれたら最高ですね」
(長岩将弘)